平安女学院について

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制服・セーラー服

平安女学院の制服の歴史について

 1875年(明治8年)大阪川口居留地でミス・エディが女学校を始め、1880年(明治13年)照暗女学校(セント・アグネス・スクール:St.Agnes' School)と称しました。

 明年に普通科4年、高等科2年の女学校規則を制定、1892年(明治25年)に京都府より「私立照暗女学校」の設立許可をもらい、1894年(明治27年)校名を「平安女学院」と改称し翌年、京都にて開校し、今日の幼稚園から大学までの一貫教育校に発展していく礎が築かれたのです。

 開校当初は、着物に袴の通学服ですが、1903年(明治36年)に定式の袴を着用し校章入りのバックルを制定しました(図1)。


 平安女学院では、1920年(大正9年)に図2のような洋装制服であるセーラー服が導入されました。同時に新たな徽章(バッジ)が制定され、その徽章は今日でも使用されています。 当時のセーラー服は、学生に好評であったと言われています。
校章入りのバックルと袴の制服図1 校章入りのバックルと袴の制服
セーラー服・平安女学院図2 平安女学院のセーラー服(洋式制服)(1920年)

 ユニフォームメーカー株式会社トンボ・ユニフォーム研究所によると
 平安女学院が、セーラー服を制服として採用した日本で初めての学校であることが最近の調査で明らかになりました。