学院の沿革

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戦後 新学制下の学院

西暦 邦暦 平安女学院の動き 社会の出来事
1945 昭和20 8月動員学徒の解除式 降伏文書調印
    10月進駐軍聖歌隊と本校生徒との交歓音楽会開催 連合国軍総司令部設置
    12月学友会再組織 総務、宗教、学芸、体育、生活、図書の各部編成とする 国際連合成立
1946 昭和21 4月高等女学校五年制を復活 公職追放令
    5月英文科予科(一年)を設置 米教育使節団来日
      日本国憲法公布
1947 昭和22 4月平安女学院中学校を設置、専攻部英文科(三年)を復活 教育基本法・学校教育法公布
    6月食糧事情悪化のため、学年別遠足を中止 新制中学発足
    8月米国人教師ミス・ウイリアムス、ミス・スカイルス復帰 日本国憲法施行
    9月教職員組合総会  
    10月学院の秋季大運動会を開催  
    12月クリスマス・カンタータ午前10時生徒のため、午後2時来賓のため  
1948 昭和23 4月平安女学院高等学校を設置、専攻部に(正規の)家庭科を設置 新制高校発足
    7月「平安女学院新聞」復活第1号発刊 サマータイム実施
    9月「ララ物資」の配給 教育委員会法公布
    11月同窓会主催のバザー開催 世界人権宣言発表
1949 昭和24 6月幼稚園花の日の礼拝 後、日赤病院他に花を届ける 私立学校法公布
    6月教職員組合結成 湯川秀樹氏ノーベル物理学賞
    9月理事会で短期大学の設置を議決 中華人民共和国成立
1950 昭和25 1月京都府民生部より配給の丸首シャツ 担任を通じて生徒に配給 朝鮮戦争開始
    2月講堂で英文科生による「ハムレット」上演 レッドパージ
    4月25日平安女学院短期大学(英文科・保育科)開学式及び祝賀会 警察予備隊創設
    10月学院主催第1回バザー開催 公職追放解除始まる
1951 昭和26 1月英文科生による英語劇シェクスピア「十二夜」上演  
    2月「学校法人平安女学院」認可 対日講和条約調印
    6月28日短大学舎(室町木造学舎)新築落成式 日米安全保障条約調印
    9月中学・高等学校主事制度発足坂本忠市主事就任  
1952 昭和27 2月短期大学キリスト教科設置認可 私立学校振興法公布
    10月生徒会役員立候補選挙演説会 メーデー事件
1953 昭和28 2月保育科生による卒業記念音楽会開催 米国人教師ミス・サムナーズ復帰 朝鮮休戦協定調印
1954 昭和29 2月校内放送の施設完了 11日全校放送開き ビキニ水爆被災事件
    5月岡嶋院長渡米 翌年8月帰国 防衛庁・自衛隊発足
1955 昭和30 11月10日学院創立80周年記念式典短大学舎で午餐会  
1956 昭和31 1月創立記念日講話終了後短大玄関前に「望の松」を植樹  
    3月大阪阪急特別食堂で同窓会阪神支部会開催 日ソ共同宣言
    11月一条の新運動場で学院全体の運動会を開催 日本の国連加盟決定
1957 昭和32 4月26日短大新学舎(現6号館)落成祝賀式 ソ連人工衛星打上げ