「平安女学院の歴史が 立命館大学生の論文に!」

2003/7/9(水)立命館大学 村島義彦ゼミ(制服・学校建築研究グループ)
の先生と学生3名
メモリアル・ルームを見学されました。


京都の学校の歴史を「制服」「校舎」「修学旅行」という
3つのテーマにわけ、色々な方向から“学校文化”というものを研究していこうというグループです。

平安女学院には、伝統的な建築様式による昭和館・明治館が現存しており、またメモリアル・ルームには制服の展示がされていて、明治時代からの資料もたくさん残っているということで、「平安女学院」を軸に論文を進めていこうと、訪問してくださいました。


立命館大学のみなさんは、128年という平安女学院の歴史をどのような感じて
くださったのでしょうか?

メモリアル・ルームを見学された時の感想をお寄せくださいました。

   産業社会学部3回生 三田拓輝さん

      今回訪問させていただいてまず感じたのは平安女学院がもつ「伝統」でした。
  その示す「伝統」は常に変化を続ける社会にあって、その一歩先を行く
  かのような、そんな校風を感じました。

   法学部3回生 瀬尾 学さん

    制服の文化・歴史を調査し、未来の制服像を模索する、という研究テーマ
  において実際に学校を訪問し、調査・質問するといった、フィールド・ワーク
  は必要不可欠です。今回の訪問でわたし達の研究テーマに対する問題意識はよ
  り明確なものものとなりました。

   文学部3回生 丹羽雄大さん

    すごく、「制服」と「建物」から『歴史』を感じさせられました。
    特に「明治館」に感動を感じました。このような文化遺産を守っていくのが、
    また教育といえるのではないでしょうか。
    平安女学院の学生のみなさんも、「平安女学院」というブランドを背負ってい
    るということを忘れないで、もっともっと平安女学院を知ってみてください。


          ※文学部の論文コンクールは、来年3月に開催されるようです。


     

 ところで、平安女学院の制服は「ハカマ」から始まった・・・・ということをご存知ですか?



明治時代は、まだまだ男性の女性の「ハカマ姿」に対する反発は大変大きいものでした。しかし、外国人宣教師たちの間で、日本の婦女子の「和服の不合理さ」・・絶対的な運動量の少なさなどが指摘され、


明治36年 一定のハカマを着用して、これに校章(バックル)をつけることとなりました。

    これが平安女学院の制服の始まりです。

着物や髪型はそれぞれに工夫を凝らし楽しんでいたようで、
どの時代もおしゃれに気を使う乙女心がかいま見えてきます。




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