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気象警報発令時および交通機関運休時の休講の取扱い

気象警報発令時および交通機関運休時の休講の取扱い

気象警報発令時および交通機関運休時の休講の取扱い

2026年5月末に気象庁の防災気象情報が見直されたことに伴い、気象警報発令時の休講の取扱いを変更しました。
お手元の学生便覧に記載されている内容と一部異なりますので、休講の判断については以下の最新の内容を確認してください。

京都キャンパス

京都キャンパス

京都キャンパス

京都キャンパス

次の1または2の場合、授業を休講にします。

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

次の警報が、京都市または京都市を含む地域に発令された場合、京都キャンパスの授業を休講とします。

・暴風警報
・暴風特別警報
・レベル4の危険警報(氾濫危険警報、大雨危険警報、土砂災害危険警報)
・レベル5の特別警報(氾濫特別警報、大雨特別警報、土砂災害特別警報)

警報が授業開始後に発令されたときは、原則としてその講時の授業は平常通り実施し、次の講時以後は休講とします。ただし、状況により、警報発令と同時に授業を中断し、以後を休講とすることもあります。

◆警報が解除された場合の取扱いは以下のとおりです。

1.警報が午前 6 時までに解除されたとき

平常通り授業を行う

2.警報が午前10時までに解除されたとき

III講時より授業を行う

3.警報が午前10時を過ぎても解除されないとき

終日休講

注)警報の解除の確認は、気象庁の発表によるものとします。

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

次の交通機関が全面的に運休している場合、京都キャンパスの授業を休講とします。

・京都市営バスおよび地下鉄
・JR(神戸~米原)および阪急電鉄(京都河原町~大阪梅田)

◆運行が再開された場合の取り扱いは以下のとおりです

1.運行が午前 6 時までに再開されたとき

平常通り授業を行う

2.運行が午前10時までに再開されたとき

III講時より授業を行う

3.運行が午前10時を過ぎても再開されないとき

終日休講

京都市営バス・地下鉄・JR・阪急電鉄以外の交通機関が運休の場合には、原則として平常通り授業を行いますが、そのために授業に出席できなかった場合は、願い出により公欠を認めることがあります。

注)運行状況の確認は、各交通機関の公式サイトの情報によるものとします。

高槻キャンパス

高槻キャンパス

高槻キャンパス

高槻キャンパス

次の1または2の場合、授業を休講にします。

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

1 気象警報発令のとき

次の警報が、高槻市または高槻市を含む地域に発令された場合、高槻キャンパスの授業を休講とします。

・暴風警報
・暴風特別警報
・レベル4の危険警報(氾濫危険警報、大雨危険警報、土砂災害危険警報)
・レベル5の特別警報(氾濫特別警報、大雨特別警報、土砂災害特別警報)

警報が授業開始後に発令されたときは、原則としてその講時の授業は平常通り実施し、次の講時以後は休講とします。ただし、状況により、警報発令と同時に授業を中断し、以後を休講とすることもあります。

◆警報が解除された場合の取扱いは以下のとおりです。

1.警報が午前 6 時までに解除されたとき

平常通り授業を行う

2.警報が午前10時までに解除されたとき

III講時より授業を行う

3.警報が午前10時を過ぎても解除されないとき

終日休講

注)警報の解除の確認は、気象庁の発表によるものとします。

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

2 交通機関の運休のとき

次の交通機関が全面的に運休している場合、高槻キャンパスの授業を休講とします。

・高槻市営バス
・JR(京都~大阪)および阪急電鉄(京都河原町~大阪梅田)

◆運行が再開された場合の取り扱いは以下のとおりです

1.運行が午前 6 時までに再開されたとき

平常通り授業を行う

2.運行が午前10時までに再開されたとき

III講時より授業を行う

3.運行が午前10時を過ぎても再開されないとき

終日休講

高槻市営バス・JR・阪急電鉄以外の交通機関の運休の場合には、原則として平常通り授業を行いますが、そのために授業に出席できなかった場合は、願い出により公欠を認めることがあります。

注)運行状況の確認は、各交通機関の公式サイトの情報によるものとします。

建学の精神

知性を広げ、望みを高くし、

感受性を豊かにし、そして神を知らせる

この言葉は、大阪の川口居留地で米国聖公会宣教師として活躍していたクインビー司祭が、

1875(明治8)年3月20日付で本国へ書き送った手紙の中に見いだされ、

米国聖公会ミッションの中心人物であったウイリアムズ主教による女学校設立の方針に沿って、

その準備にとりかかっていた時に述べられたものです。

この建学の精神は、現在に至るまで本学院の教育の根底に一貫して流れています。

建学の精神

知性を広げ、望みを高くし、

感受性を豊かにし、そして神を知らせる

この言葉は、大阪の川口居留地で米国聖公会宣教師として活躍していたクインビー司祭が、

1875(明治8)年3月20日付で本国へ書き送った手紙の中に見いだされ、

米国聖公会ミッションの中心人物であったウイリアムズ主教による女学校設立の方針に沿って、

その準備にとりかかっていた時に述べられたものです。

この建学の精神は、現在に至るまで本学院の教育の根底に一貫して流れています。

建学の精神

知性を広げ、望みを高くし、

感受性を豊かにし、そして神を知らせる

この言葉は、大阪の川口居留地で米国聖公会宣教師として活躍していたクインビー司祭が、

1875(明治8)年3月20日付で本国へ書き送った手紙の中に見いだされ、

米国聖公会ミッションの中心人物であったウイリアムズ主教による女学校設立の方針に沿って、

その準備にとりかかっていた時に述べられたものです。

この建学の精神は、現在に至るまで本学院の教育の根底に一貫して流れています。